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小さいころから海にはよく行っていたようですが記憶に残ってないんです。物心付いた頃に沖縄初の人工海水プールへ行くようになったのは覚えています。当時、現「波の上ビーチ」の砂浜部分にあって、なんと水の入れ替えは自然まかせ。満潮になるとプールの縁を超えて海水が流れ込んでくるという原始的なものだったんです。当時の水泳選手はみんなそこで練習をしていたんですよ。ボクはといえば…水が怖くて見学するだけでした。(写真/波の上ビーチ) |
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そんなボクですが、ぜんそくを治す為に小学2年生の時に水泳を始めたんです。相性がよかったのか、小学校3年になる頃には九州大会に出場するようになって、高校1年の時には山梨国体にも出場したんです。気付くと高校を卒業するまで競泳をしていましたね。とくに背泳が得意で、その当時ボクは沖縄県記録保持者です。しかも…保健体育の教科書にも載ったんですよ!(自慢)その延長で海へ潜りたいな、と自然にCカードを取っていましたね。(写真/那覇高校) |
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独立に対して不安はありませんでしたが、ショップとしての個性やめざしたいサービスなど、当時は自問自答を繰り返していました。ただ、ひとつだけ明快な想いはありましたね。地元ダイバーならではの強みを活かして“最高の沖縄”をお届けしていこうと。とはいえ、初年度は港に設置したコンテナが事務所でしたから最高とはほど遠かった。(笑)今は機材倉庫になっています。見るたびに「よく、これでやれてたなぁ」と思いますよ。(笑)(写真/機材倉庫) |
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3シーズン目を迎えるころには「休暇はSEAMAXで過ごしたい」というゲストが増えてきたのを肌で感じられるようになりました。とにかく忙しくしてましたね。当時は2隻の船を所有していて、ケラマコースとチービシコースを開催していたほどでしたよ。ちなみに現在、沖縄本島のダイビングショップが実施しているチービシの午前・午後コースは当時のSEAMAXが最初に確立したダイビングスタイルなんです。(写真/チービシ) |
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2003年度からIDCを開催しています。今日(2009年4月現在)まで100名以上のPADIインストラクターの開発に携わってきました。沖縄には現在12名ほどのコースディレクターがいますが夏場冬場を通じて現場でアクティブに動いているのはボク一人です。今年も国内140名のPADIコースディレクターの中から全国優秀コースディレクターにも選ばれました。これからもインストラクターのお手本になれるように気を引き締めたいですね。(写真/東京恵比寿で開催された表彰式でのスピーチ) |
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20年前と比べると、ダイビングポイント全体のサンゴは確実に減っています。当時はアンカーを打つ場所がないほどサンゴが水中一面に広がっていたんです。そんな海を憂いていた仲間たちと「自分たちができることから始めよう」と美ら海振興会を設立しました。これまでさまざまな活動を展開してきましたが、そんな想いが天に通じたのか、10ヶ所ほどサンゴが増え始めたポイントがあるんですよ。WEBサイト上では教えられませんけど…。(写真/チービシのサンゴ) |
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